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ダイアナに叶えられなかったチャールズの愛を勝ち得た、カミラ夫人てどんな人?

さて、イギリスのプリンス、ウィリアム王子に続きハリー王子が婚約宣言をし、世を沸かせています。

プリンセスとなるメーガン・マークルさんが何かと話題ですよね。

ざっと遡ること35年前、当時イギリスでたった一人の王子だったチャールズと、うら若き絶世の美女ダイアナ・フランシス・スペンサーの結婚は、それこそ世界中の注目を浴びました。

しかしご存知のように、誰もが羨んだロイヤル・ウェディングは不幸な結末で幕を閉じました。

華やかなダイアナの影に隠れてあまりよく知られていませんが、この結婚に大きく影響したもう一人の女性、

言わずと知れた現皇太子妃のカミラ・パーカー・ボウルズって一体どんな女性なんでしょうか。

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幼少期〜初めの結婚

 

彼女が生まれたのは1947年、英国英国陸軍将校の父と男爵の娘として生まれた母との間に生まれました。裕福ではあったものの爵位はなく、伯爵令嬢だったダイアナと比べるとちょっとお金持ちの普通の女の子、といったところ。

18歳で社交界デビューしたのちに近衛儀仗騎兵隊大尉だったアンドリュー・パーカー・ボウルズと交際を始めます。

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そして1972年、当時24際で一つ年下のチャールズと出会い、彼らは惹かれ合いましたが、若かったチャールズは結婚する決意ができずカミラはそのままアンドリューと結婚。二人の子供にも恵まれます。

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チャールズとの不倫

 

しかしチャールズとの関係が終わることはなかったのです。

結婚前のダイアナは、スペンサー伯爵令嬢。もともと彼女の姉であるセーラと交際していたチャールズはダイアナのことをガールフレンドの妹として認識していましたが、1979年、王室のパーティーでダイアナと再開、そこから二人の中が深まっていったと言われています。

一方でチャールズは皇太子として、結婚し後継者を作ることが当たり前のように求められていました。

当時30歳を過ぎていた皇太子は、王室から相当な結婚へのプレッシャーをかけられていたと言われています。

当時19歳と若く、過去の恋愛経験もなく、プリンセスとしてふさわしいあの美貌。ダイアナとの交際はロイヤルファミリーにとって喜ぶべきことでした。

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チャールズにしても、カミラに気持ちがあったにせよ彼女はもう人妻。王室からも国民からもプリンセスとして大歓迎されているダイアナとの結婚に、もはや障害はありませんでした。

そして1981年、世界中がため息をついたあの歴史に残るウェディングが執り行われました。

それぞれ話題を呼ぶ結婚を果たしたチャールズとカミラでしたが、結局二人の関係は終わりませんでした。カミラの家系と王家にはもともとつながりがあり、なんとカミラが敬愛する彼女の曽祖母アリスはチャールズの高祖父、エドワード7世の愛人として有名な人物。祖母に習うようにチャールズとカミラの仲も続きます。

 

チャールズはなぜ、あの美しいダイアナを差し置いてカミラとの関係を続けたのでしょう。

ダイアナ・チャールズ・カミラ

 

この結婚、あまり知られていませんが、実は結構年の差婚なんですね。

結婚当時若干20歳、あまり社会経験もなかったダイアナに対し、皇太子は30歳。新婚当初から公務に終われるチャールズに、ダイアナはずっとそばにいて愛を囁いてくれる王子様を求めましたが、チャールズはたった一人のイギリス王室を背負う身として国家を最優先して生きるよう、厳しく教育されてきました。結果二人のバランスがうまくいかなくなったと言われています。

また幼少期に両親が不仲で、離婚。その後父が迎え入れた後妻とうまくいかず辛い思いをしたダイアナにとって、夫は誰よりもそばにいて愛してくれる存在を求めたのでしょう。そして過去の忌まわしい経験から、カミラに対して非常に敏感に反応してしまい、結果的に皇太子の気持ちがカミラに傾いていってしまいました。

対照的にカミラは、容姿、家柄共にダイアナには劣るものの、非常に野心的で、お金持ちの男性と付き合い華やかに楽しく暮らすことを好む女性だったと言われています。

イギリス貴族はもともと結婚は政治、恋愛は愛人と、というような風潮が根付いており、そんな中で育ったチャールズとただ純粋に愛を求めたダイアナとの間にはズレがあったのかもしれません。

チャールズとカミラとの関係に薄々築いていたダイアナ。パーティであったカミラに、”私はあなたとチャールズの間のことを知っているのよ”と告げるとカミラは

”あなたはみんなが欲しいものを全て手に入れた。世界中の男性があなたに恋をしているのよ。これ以上何がお望みなの?”と返しました。不倫を全く悪びれていない様子のカミラ。非常に勝気なことが見て取れます。

夫の不倫に気がついていたダイアナは、誰も味方のいない宮殿で子供二人を抱え、孤独とストレスに苦しみ、過食症や自傷行為を発症します。

そして苦しみから逃れるように彼女も他の男性に愛を求め、何人か恋人がいたようです。

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カミラゲート事件

 

1992年、マスコミはカミラとチャールズが電話で愛を確かめ合うテープを公開し、皇太子夫妻の結婚生活は完全に破綻。チャールズもマスコミにカミラとの関係を認め、ダイアナとは別居の末に離婚を発表します。

一方でカミラも、夫のアンドリューと離婚。理由は共通する興味の対象がほとんどないこと、だそうで。

そして1997年、離婚からわずか1年後、ダイアナはパリで交通事故に散りました。

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チャールズはこの時、反対する女王を押し切りダイアナの遺体を引き受けることを決意。遺体と対面した際には30分も立って涙を流しました。だったらどうして彼女を普通に愛さなかったんだ。と思いますが、人の心はそう単純でもないのでしょうか。

国民に愛された美しいプリンセスの死は世界中に惜しまれ、カミラはこの頃ようやくチャールズの新しいパートナーとして認知され始めていましたが、ダイアナの死によって彼女を苦しめて死に追いやった女としてイギリス中から冷たい視線を浴びることとなります。

 

その後の関係

ダイアナが亡くなって一年後、チャールズは二人の息子たちにカミラを正式に紹介し、カミラの妹の誕生会に同伴するなど関係は深まっていきましたが、国民感情に配慮してでしょうか。関係を公にはしませんでした。

女王もカミラがゲストとして呼ばれているパーティの出席をことごとく拒否するなど、認めようとはしませんでしたが、2000年の夏、とうとうカミラと会うことを決断します。

そして2003年、彼らは同居を開始し、2005年に婚約します。

両者ともに再婚であることなどを踏まえ、ダイアナとの式と比べるとびっくりするほどの地味婚となりました。

 

長い時を経てようやく夫婦となった二人。2017年現在も仲睦まじく暮らしているようです。ダイアナ、チャールズ、カミラ、カミラの前夫アンドリュー。それぞれ不倫の末不倫相手と結婚(ダイアナは亡くなったので例外だが)という散々な回り道をしたこの4名。誰が悪い、というよりは、タイミング、王家の事情、それぞれの欲しかったものがうまくずれ、結果起こったのがあのダイアナの悲劇。

チャールズもカミラも幸せを求めただけなのに、随分苦しんだのではないかと思います。

カミラの方が若かったら。

美人だったら(別に不美人ではないんですけどね。比べる対象がダイアナでなければ)

伯爵令嬢だったら。

カミラが最初から結婚して幸せだったかもしれないのに。

もちろんダイアナも。

あんな若く結婚しなくても、あの後普通にダイアナを愛してくれる誰かと結婚していたら幸せだったのかも。

でもそしたら二人の素晴らしい王子たちはお生まれにならなかったわけですし。それもこれも人生なのかもしれませんね。

 

まとめ

 

一つ言えるのは、どれだけ運命に邪魔されてもお互いを諦めなかったチャールズとカミラはすごいということ。女王からも、全国民からも憎まれてそれでも一緒にいたかった二人。今お幸せそうで何よりです。

みなさん、大切なのは結婚式ではなく、その後の結婚生活です。笑

 

 

 

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