星野仙一さん金本知憲さんの関係・叶わなかった殿堂入りの報告

   




 

先日、松井秀喜さん、原辰徳さん、そして現阪神タイガース監督の金本知憲さんの2018年野球殿堂入りが発表され、

15日に原さんと金本さんが、都内の野球殿堂博物館で行われた殿堂入り通知式に出席しました。

 

金本監督は、恩師で4日に急逝した楽天球団副会長の星野仙一氏に優勝を誓いました。

表彰会場の野球殿堂ホールへ入ると1年前に表彰された星野氏のレリーフが。

「去年、星野さんが選ばれて入れ替わるように、自分が今年、選ばれまして、本当に面と向かって『選ばれました』という報告をしたかったです。残念です」

(日刊スポーツ)

特に星野仙一さんへの思いが強かったらしい金本監督。

両者ともに日本球界の歴史を築いた偉人ですが、

そんなお二人の関係を探ってみたいと思います!

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簡単プロフィール・金本知憲

 

名前:金本知憲(かねもと・ともあき)

出身:広島県広島市、広陵高等学校、東北福祉大学

生年月日:1968年4月3日

体格: 身長180cm、体重88kg

投球、打席:右投げ左打ち

ポジション:左翼手

 

東北福祉大学からドラフト4位で広島カープ入りし、その後阪神タイガースへ移籍。

金本知憲さんについて詳しくはこちらの記事

 

簡単プロフィール・星野仙一

 

名前:星野仙一

生年月日:1947年1月22日

体格:身長 180cm 体重 80kg

投球、打席:右投げ右打ち

ポジション:投手

監督歴:中日ドラゴンズ(1981-1982, 1987-1991, 1996-2001)

阪神タイガース(2002-2003)

東北楽天ゴールデンイーグルス(2001-2014)

 

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二人の出会いは

 

広島カープ時代から打手として活躍していた金本選手。

もともと高校時代から斗出して目立つ存在だったわけではなく、地道に努力を重ねて成績を上げていった金本選手には星野監督も注目していたようす。

そんな中、2002年オフに契約金でカープ側と落合がつかなかった金本に

ここぞとばかりに当時の星野監督がラブコール。

星野監督を尊敬していた金本さんは、星野さんが誘ってくれるなら、と阪神入りを決断。

金本の阪神での大活躍伝説は、星野さんから始まったんですね。

 

金本のフルイニング記録樹立の陰で

 

そんな闘将の言葉は、現役時代に「鉄人」とさえ呼ばれた金本の選手としてのスタイルにも大きな影響を与えていました。

金本の言葉

「僕が広島の時代に中日監督だった星野さんが当時広島の監督だった達川さん(現ソフトバンクのヘッドコーチ)のところに来て『なあ、タツ、何だかんだ言っても休まない選手というのはありがたいよなあ』と…。監督というのはそうなんだと思った。だったら休まないでやろうと、ある意味僕のフルイニング記録なんかは星野さんの言葉が大きかった」

東スポより

闘将の何げない言葉こそがその後の“鉄人人生”の後押しになったという。

2006年、904試合連続のフルイニング連続出場という大記録を樹立した金本監督。

その陰には、尊敬する星野さんの期待に答えたいとの熱い想いがありました。

今もなお

 

金本の人生の節目節目、

星野さんの阪神監督引退の際、

金本が現役引退した日、

阪神の監督に就任した日、など

いつも星野さんは金本を励まし、支えの言葉をかけていたそうです。

星野さんじゃなければ僕は阪神には間違いなく来ていない。

とまで言い切る金本さんにとって、星野さんは監督以上、

関西の父のような存在だったのかもしれません。

二人が最後に顔を合わせたのは、

昨年12月1日に大阪で行われた星野氏の「野球殿堂入りパーティー」

「しっかりブレずにやれ。自分の思うように頑張ってやれば絶対、阪神は強くなるから。辛抱してやれよ」

と言われたのが、星野から金本への最後の励ましだったと言います。

 

偉人を失い、少々寂しくなった日本球界ですが、

まだまだ頑張れ金本監督!いつか星野監督を超える日も、来るかもしれないですね。

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画像出典:サンスポ

 

 

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