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G・G佐藤と星野仙一[失敗を攻めずチャンスを与えたその優しさ]

eyecatch

先日、日本球界にその名を刻み込んで、

名選手であり、名監督だった星野仙一さんがこの世を去られました。

G・G佐藤さんが、星野さんとの記憶を辿り、こんなコメントをされています。

 

名古屋出身の父の影響で、中日・星野監督のファンだった。北京五輪の日本代表メンバーに選んでいただいた時は夢のようだったが、本番で2度も大きなミスを犯してしまった。申し訳なさと感謝。最後まで直接気持ちを伝えられないまま、旅立たれてしまった。

(スポニチより)

彼には星野さんに伝えたかった思い、感謝の念が残っていたようですね。

お二人の関係はどんなもだったのでしょうか。

G・G佐藤のプロフィール

 

名前:佐藤隆彦

出身:千葉県市川市

生年月日:1978年8月9日

投球/打席:右投げ右打ち

ポジション:外野手、一塁手

プロ入り:2003年

球団:西武ライオンズ・千葉ロッテマリーンズ

父親が名古屋出身なのもあり、昔から中日、星野監督のファンだったという佐藤さん。

長年の夢が叶い、北京オリンピック代表に選出されましたが、その夢の舞台で痛恨のミスを犯してしまいました。

北京五輪の舞台で

 

2008年8月22日、日本中が期待を込めて見守った、韓国との準決勝戦。

G・G佐藤は左翼への飛球をまさかの落球してしまい、このミスをきっかけに日本は敗れました。

世界大会の大舞台、全日本人の期待を裏切ってしまったという罪悪感。

ゲームなんだから佐藤さんの責任ではありませんが、当然ご本人の気持ちは鉛のように重かったことでしょう。

翌日、3位決定戦、対アメリカ試合の朝、佐藤さんはご自身の自信のなさから、星野監督本人に

使わないでください、と直訴するつもりだったと言います。

しかし朝、貼り出されていたスタメン表には彼の名前がのっていました。

普段の実力を考慮に入れ、ミスを犯したにもかかわらず、再びの起用。

「うそだろ」。信じられなかった。「やるしかない」

と腹をくくったつもりだったと言います。

灼熱の太陽の下、3位決定戦開始。

しかし結果は

エラーをだし、チームも敗戦。

繰り返しますが、決して彼のせいで負けたわけではありません。

ご本人には慰めにもならないでしょうが。

日本中ががっかりしたのは事実ですしね。

 

佐藤さんは帰国後、星野監督に個人的に自身の不甲斐なさを詫びる手紙を書かれたそうです。

返事は来なかったようですが、人伝いに

「気にしなくていい。野球界のためにこれからも頑張れ」とのメッセージを受け取り、

その後、ロッテに入団し、楽天監督だった星野さんと再会した際にも「元気か?しっかり守れよ!」と笑顔で声をかけてくれたとのこと。

当時野球を観戦されていた人からは、星野監督の采配が悪かったとの声もありましたが、

終わってしまえば結果はどうにもならないもの。

その後佐藤さんにミスについて話すことは一度もなかったそうで、その優しさはきちんとご本人に伝わっていたようですね。

闘志を前面にだす投球スタイルや、選手に厳しい監督として知られていた星野さんですが、

こんなエピソードがあったんだ、と心が温まりました。

現在は野球選手を現役引退し、地盤改良・測量会社の千葉営業所長として働いていらっしゃる佐藤さん。

所長就任にあたって「燃える千葉営業所」というスローガンを掲げる彼は

部下との関わりで大切にし、ミスをした部下にはすぐにチャンスを与えるようにされているそうです。

そう。かつて星野さんが自分にしてくれたように。

 

 

 

 

 

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