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中川智光の両親と家族!父や母と兄弟は?生い立ちも紹介

地下鉄サリン事件を含む、一連のオウム真理教事件で死刑判決を受けていた七人の刑が執行されたことが判明しました。

地下鉄サリン事件が発生したのが23年前。25歳以下の人々にはリアルタイムの記憶はないでしょう。日本の歴史上まれに見る、悪質で不気味な事件でした。

改めて今回刑が執行されたことにつき事件を振り返ると、刑が確定した人物と今回執行された人物はこんな感じ。

七人に執行され、まだ6人の死刑囚が残っています。

この奇妙な事件に巻き込まれた幹部を含む多くの信者に共通して言えることは、事件当時まだ年端のいかない若者が多く、しかも学歴の高い非常に優秀な人が多かったということです。

特に顕著なのが、この中川智正氏と広瀬健一氏。中川さんは医学部出身の元医師で、広瀬さんは早稲田大学で物理学の研究をし、首席で卒業したスーパーエリートでした。また、豊田亨氏も東京大学の出身で、東大卒業生初の死刑囚となっています。

近年よく起きている無差別自殺人の犯人などが動機として口にする、『仕事も人間関係もうまくいかず、人生に嫌気がさしてやった。誰でも良かった。』とは明らかに違いますよね。

放っておけば日本を代表する研究者や医師になり、多くの人の命を救ったりしていたかもしれない人たちだったんです。一体なぜこれだけ未来ある優秀な人たちが死刑台に送られることになってしまったんでしょうか。

本日はこの中でも私が特に気になった、中川智正氏の生い立ちなどについて調べてみました。

地下鉄サリン事件から23年がたち、私も含む25才以下の方は事件についてほとんど記憶がない方も多いと思いますが、事件を風化させずになぜあのような悲劇が起きたのか、なぜ死刑囚となった彼らはオウム入信への道を辿ってしまったのかを知る事が同じような事件を繰り返すことを防ぐことと思いますのでこのような記事を書きました。

被害者を含む読者の方に不快感を与えるような表現は避けて書いていますが、何かご意見などありましたらコメント欄からお伝えいただけますと幸いです。

 

中川智正の生い立ち

誕生: 1962年10月25日 岡山県岡山市
死没:2018年7月6日(55歳没)広島県広島市中区(広島拘置所)
ホーリーネーム: ヴァジラティッサ
教団での役職: 法皇内庁長官
入信: 1988年2月
関係した事件: 坂本堤弁護士一家殺害事件、松本サリン事件、地下鉄サリン事件

中川智光は、岡山市内の繁華街で洋服販売店を営む両親のもとに長男として生まれました。1978年3月岡山大学教育学部附属中学校に入学。中学時代の同級生に、お笑いの水道橋博士がいます。

1981年3月岡山県立岡山朝日高等学校卒業。地元では高校時代には「嫌いな人間はいない」と言って回るような明るい性格の学生で、地元岡山でトップ5に入るほどの進学校だったそうで、神童と呼ばれるほど優秀だったそうです。

出典:Youtube

 

その後頭の良かった彼は手塚治虫「ブッダ」を読んでで医師の道を目指し、1982年に京都府立医科大学医学部医学科に進学。大学では柔道部に所属し、学祭の実行委員長を務めるような人気者でした。入信し、おかしくなる前の彼は、ごく普通の青年ですね。

上の写真を見る限りでもごく普通のどこにでもいそうな明るい青年です。犯罪者どころか、むしろ好青年ですよね。

 

中川智正の両親

 

医学部に進学されている中川さんですが、ものすごく裕福なご実家だった訳ではなく、洋服店を経営する自営業家庭。また彼は長男で弟がいたため、幼い頃は両親に変わって弟の面倒を見たりもよくしていたと言います。

現在80代の中川智正の母親は、息子が死刑判決を受けたことについて『あの子がいつこの世からいなくなっても当然のこと。それしか償う方法はない。それでも償うことなんてできないけれど、、、』とおっしゃったこともあるようです。

収監されている間は、体が弱ったお父さんにかわり、度々上京しては息子と面会していたんだそうです。死刑の執行については、息子が執行されるのを見届け、遺骨を引き取りたいとも話されているようで、

息子が犯した罪から目を逸らさない、本当に立派なお母さんだと思います。

勉強を重ね、医学部にまで入った中川智正。ご両親にとってはさぞ誇らしい自慢の息子だっただろうと思うと本当にお気の毒です。

智光さんがオウムに出家すると言い出した時はもちろん全力で止めたそうですが、他の信者と同じく聞く耳を持たず、どうにもならなかったようです。

幼少期の育った環境には全く問題なさそうな中川智正。ご両親の育て方に問題があったとは思い難いですし、一体何が彼をオウムへと駆り立てたのでしょう。

1988年2月24日オウム真理教に入信。

 

オウム真理教との出会いと出家

 

たまたま見かけた麻原の著作、『超能力秘密の開発法』を読んだのが最初のきっかけで、その後国家試験の後から就職までの期間に麻原のヨガ教室を興味本位で覗き、そのままオウムに引きずり込まれました。

教団主催のコンサートなどに言った頃から幻聴を聞いたりするなどの神秘体験を経験し、入信を決意します。

また、この時に当時の恋人も一緒に入信しのちに逮捕されています。

もともと西洋医学の仕組み自体を疑問に感じたり、自分の生きる意味や今後やるべきことについて悩んでいた時期だったようで、弱みに付け込まれる形になったようです。

オウムが一体どんな方法で人を洗脳し操ったのかは定かではありませんが、

自分の生存の意味を考えたり、社会的に価値のあることを達成したい、というような高い理想を持った人物の方が巻き込まれやすかったと思われます。

若く、高い理想に燃える若者の前に、必死で息子を引き留めようとする家族の声は届かなかったんでしょうか。

 

まとめ

 

今回は中川智正の生い立ちや家族についてまとめました。もちろん死刑で至極当然であると思いますが、麻原に出会いさえしなければ輝かしかったかもしれない未来や、大事に育てたご両親のことを思うと本当に残念です。

平成7年、時代を震撼させたカルト事件がようやく一つの区切りを迎えたことに関しては良かったのかなと思います。

事件の被害を受けた多くの方の心の影が少しでも晴れれば、この死刑も意味があったのかもしれませんね。

麻原は多くの人の命を奪っただけではなく、日本の研究の最先端を行ったかもしれない優秀な研究者や医師までもを洗脳し、地下鉄サリン事件をはじめとする数々の事件を引き起こし、多くの人、日本社会に被害を与えました。

麻原さえいなければ、別の道を生きる事ができた人々が大勢いたことを思うとなんともやりきれない気持ちになると同時に、今後2度と同じような悲劇が起きることのないよう事件を風化させないようにすることが大切だと感じます。

私を含む若者がこれからも人生のあちこちの時点に置いて、生きることの意味を考えたり、生き方について迷ったりすることがあるでしょう。そのような時、私たちが頼るべきものがカルトであってはいけない、25年前同じような若者たちに何が起こったのかを、忘れてはいけないと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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