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追悼・高畑勲の死因は肺がん!?宮崎駿との関係や偉業と経歴・作品まとめ

日本映画界にたくさんの名作を送り出してきた

宮崎駿と並ぶアニメ界の巨匠、高畑勲さんがなくなった

とのニュースが入りました。

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『平成狸合戦ぽんぽこ』や『かぐや姫の物語』など

数多くの名作を残してきた高畑勲監督。

その生涯を讃える意味も込めて

彼の死因、長年宿敵との盟友とも言われた宮崎駿監督との関係とともに

作品をまとめていこうと思います。

 

高畑勲・死因は?

今のところ報道では

心臓疾患により亡くなった、と言うことのみわかっていて

他に詳しい情報は出ていません。

急死、と言うわけではなく、

もともと抱えていた慢性疾患で亡くなったようです。

追記:

高畑勲さんの死因は、心臓ではなく肺がんだったと言うことがわかりました。

もともと心臓に慢性の疾患はあったようですが、直接の死因は肺がんだそうです。

もちろん私も含めて彼の作品をみて育った人は多いですから

ネットも悲しみに包まれています。

高畑勲・プロフィール

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本名:高畑勲(たかはた・いさお)

生年月日:1935年10月29日

死没:2018年4月5日

出生地:三重県宇治山田市

死没:東京都

職業:映画監督・アニメーション演出家・プロデューサー

愛煙家・東京大学では大江健三郎の同期

 

高畑勲さんは東京大学を卒業後、東映動画に入社し、

宮崎駿と出会います。

二人はともに制作会社に移籍し、『アルプスの少女ハイジ』や『母をたずねて三千里』

『赤毛のアン』などの名作を手がけてきました。

そこからずっと走り続け、なくなる直前までアニメーション性格を手がけた巨匠。

宮崎駿とともに高畑さんのパートナーだった鈴木敏夫さんは

ジブリ名義でコメントを発表されました。

「やりたい事がいっぱいある人だったので、さぞかし無念だと思います。宮崎駿とも相談し、ジブリとして盛大なお別れの会をとり行い、見送ることにしました」

スタジオジブリ
鈴木敏夫

高畑勲・作品まとめ

世界名作劇場

  • ルパン三世
  • アルプスの少女ハイジ

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  • 赤毛のアン

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  • 母をたずねて三千里


これら世界名作劇場シリーズは

思い入れのある人も多いのではないでしょうか?

最近のアニメのように、ぶっ飛んだビジュアルやハイテク機器は登場しませんでしたが

子供の心に思いやりを育てる、日本の良質アニメの代表でした。

アニメーション映画

  • パンダコパンダ

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  • セロ弾きのゴーシュ

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  • 火垂るの墓 『14歳と4歳で、生きようと思った。』

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  • おもひでぽろぽろ 『私は私と旅に出る』

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  • 平成狸合戦ぽんぽこ『タヌキだって頑張ってるんだよオ』

  • かぐや姫の物語 『姫の犯した罪と罰』

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高畑勲・宮崎駿との関係は?

ジブリの巨匠といえば

宮崎駿・高畑勲・鈴木敏夫の3人ですね

この3人が日本を世界に誇れるアニメーション大国にしたと言っての

過言ではありません。

その中でも高畑勲と宮崎駿は、ともに作品を作り上げてきた盟友でありながら

実は正反対のタイプだった、と鈴木敏夫さんが過去に話しています。

鈴木敏夫談:

「宮さんって、実はしめきりをすごくきちんと守る人なんですよ。『ナウシカ』を連載していた時も、遅れたことは一度もない。それは、高畑さんの影響なんです」

「僕が出会う前、若い時に二人は組んで『太陽の王子ホルスの大冒険』っていうアニメーションを作ったんですけど、高畑さんは1年で完成させる予定を3年まで延ばした(笑)。会社と大喧嘩して、できないなら制作中断だ、って言われた時に、宮さんは泣いちゃったそうなんです」

「でも、高畑さんは『ここまで作ったんだから、絶対また再開するよ』って平気な顔で。宮さんは『この人は一体なんなんだ』って思ったそうです。その時にね、もし自分にしめきりのある仕事がきたら、絶対に守ろうって決めたらしいんですよ」

引用:https://dot.asahi.com/dot/2016091300172.html

ビジネスとしての映画作りに長けていた宮崎駿に対し

高畑勲は

たとえ相手に迷惑をかけようが何だろうが、絶対にいい作品を作る

ことに強いこだわりがあったんです。

しかし、そんな反対の二人は、互いにないものをカバーしあっていける

最高の盟友だったのでしょう。

鈴木さんはこんな風にもおっしゃっています。

「あとね、これはちょっと普通の人にはわからない感覚だと思うんですけど、二人きりになった時に『鈴木さんさ。パクさん(高畑監督)の元から、いろんな人が去っていったでしょう。残ったのは、俺一人だよね』って本当に嬉しそうに自慢したりするんですよ」

宮崎駿から高畑勲への深い愛情を感じずにはいられない。

「うん、宮さんは高畑さんを愛しているんでしょうね。『ぼくの見る夢はいつもひとつしかない。パクさんが出てくるんだ』って言っていたこともある。ところが、片思いなんですよね……高畑さんていうのはひどい男ですよ(笑)」

引用:https://dot.asahi.com/dot/2016091300172.html

高畑さんがいなくなる、と言うことは

日本の映画界にとっては本当に大きな痛手。

一つの時代に区切りがついてしまったような。

本当に寂しいですね。

また、こんな逸話も残っています。

2013年に公開された二つのジブリ映画

『風立ちぬ』と『かぐや姫の物語』は

当初同日公開の予定だったそうなんです。

それがいつものごとく、高畑監督は『かぐや姫』の完成を

4日伸ばしてしまい、同日公開が叶わなかった、、と言う事実。

鈴木敏夫談:

両方とも公開し終わってしばらく経った、去年の年末くらいかなあ。宮さんと高畑さんと僕、3人きりになったんです。

でね、僕そこでこう言ったんですよ。『2本同日公開がうまくいかなかったので、ちょっと思いついたことがあるんです。高畑さんと宮さんは年齢も年齢だから、いずれこの世から去る。なので、同じ日に死んでもらえませんか? 2回お別れ会をやるのも面倒くさいので』と(笑)。こういう時の二人がおもしろいんですよね。宮さんはね、『僕はパクさんよりは長生きするよ!』って言う。で、高畑さんは笑っているだけなんですよね、にこにこと。

出典:https://dot.asahi.com/dot/2016091300172.html

まさか、こんなに早くこの言葉が現実のものになろうとは

この時はお三方とも思っていなかったでしょう。

盟友を失った宮崎駿さんと鈴木敏夫さんの心中、お察しいたします。

 

 

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