[オウム]井上嘉浩の家族と実家・両親や兄弟、生い立ちについて紹介

      2018/07/10




平成最大の惨劇、『地下鉄サリン事件』を引き起こした宗教団体、オウム真理教。二十九人が命を落とし、5000人以上がなんらかの被害を受け、死刑判決を受けたのはなんと合計13名という前代未聞の事件です。

組織ぐるみで繰り返され、また教祖の麻原彰晃(松本智津夫)に対する注目度が高かったため、死刑囚13人が一体どんな人物だったのかまではあまり知られていません。

事件から23年が経過し、死刑執行のニュースを聞いてもピンとこない若い世代も多い中、一人一人が一体どうしてオウムへの道を歩んでしまったのか、生い立ちを詳しく調べてみました。

今回注目したのは井上嘉浩。事件当時まだ25才でした。

地下鉄サリン事件から23年がたち、私も含む25才以下の方は事件についてほとんど記憶がない方も多いと思いますが、事件を風化させずになぜあのような悲劇が起きたのか、なぜ死刑囚となった彼らはオウム入信への道を辿ってしまったのかを知る事が同じような事件を繰り返すことを防ぐことと思いますのでこのような記事を書きました。

被害者を含む読者の方に不快感を与えるような表現は避けて書いていますが、何かご意見などありましたらコメント欄からお伝えいただけますと幸いです。

 

スポンサーリンク

井上嘉浩の生い立ち

誕生: 1969年12月28日 日本 京都府京都市右京区
死没: 2018年7月6日(48歳没)日本 大阪府大阪市都島区(大阪拘置所)
ホーリーネーム :アーナンダ
ステージ :正悟師
教団での役職: 諜報省長官
入信: 1986年
関係した事件: VX事件・公証人役場事務長逮捕監禁致死事件・地下鉄サリン事件

幼少期はドキュメンタリー番組が好きで世界の貧困問題や犬の殺処分問題に関心がある優しい子供でした。サッカーなど体を動かすのが好きだったそうです。

家庭は古くからの典型的な父親が強く母が従うタイプの家庭像で、父は真面目な性格であったが家でもくつろげずに夫婦喧嘩をよく起こし、父のような生き方をしても幸福はないと感じていたようです。彼が2才の頃、京都の洛北から西方向の太秦へと引っ越し。この引っ越しがきっかけで慣れない環境に精神的に参ってしまった母親が自殺未遂をしたこともあったようです。この頃体調がすぐれなかったお母さんに花を摘んでくるような優しさを持っていました。

この太秦の地がお寺が多かったこともあり、よくお寺が多かったこともありお坊さんにお布施をしたりするのが好きで信心深さ幼い頃から持っていました。この傾向がオウムに傾倒してしまった理由の一つと考えられます。

非常に優秀で、京都の名門『洛南高校』に入学。高校2年の頃に空手の道場に通っていたという井上嘉浩。練習中に急所を蹴られ、激痛に襲われて10日ほど入院したことがありました。

治療をしてもなかなか引かない痛みを直すためか、麻原彰晃の本を読んで何かを唱えているところをお母さんが目撃しています。当時ヨガ教室を開いていたオウムの力に頼り、体調不良を直そうとしたのかもしれません。

何度か体調不良に苦しみ、その度に麻原の著書にしたがって症状が和らぐ、という経験をした井上嘉浩。それによってオウムの虜になっていってしまったのでしょう。

その後、オウム神仙の会のセミナーに参加し、家族に出家の意思を伝えた井上でしたが、当然のことながら両親は大反対。当時高校生だったんですから当たり前ですね。

両親は麻原と会ったこともあったようで父は出家させることはできないと伝え、麻原もそれを了承。大学進学を勧め、当初は大学を卒御してから出家する予定だったんだそうです。

まだこの当時オウム真理教には今のような犯罪集団のようなイメージはなく、ご両親も『オウム真理教に対する危険性を全く認識していなかった』とおっしゃっています。

出典:Youtube

 

セミナーに参加している井上嘉浩。このかわいらしい青年が、たった数年で上の写真のようになってしまうなんて誰が想像したでしょう。

 

井上嘉浩の家族

井上嘉浩のお父さんはごく普通のサラリーマン。お母さんはパートで働く専業主婦だったようです。

お母さんの自殺未遂、などと聞くと非常に問題のある家庭のように聞こえますが、息子を理解しようとオウムに在宅信者として参加したりすることもあったりした(地下鉄サリン事件の前に教えに嫌気がさし行かなくなっている)ごく普通の家庭だったように思います。

地下鉄サリン事件が発生し、我が子が逮捕されたことを知った母は手記を発表しています。

つい最近のことですが尊敬しているお方から、嘉浩の求道心は母親が幼児期に自殺を図ったことによるものだと指摘され、私は自分のなした浅はかな行為が

子供に大きな影響を与えていたことを改めて知り愕然となりました。

『親以外に頼る人のない幼児期に親に頼れず、親はこの時期の子供にとって人生の代表者ですから、親に頼れないということは人間に頼れないという精神

構造になってしまい、子供は自分一人で人生の苦難に立ち向かわなければならないというストレスから、幻覚や金縛りを感じるようになり誰にも打ち明けて

相談できないために宗教や武術に救いを求めたと思います。』とご教示を受け頭が真っ白になりました。

こうした精神構造が息子の幼児期から内在していた上に息子の育った環境により、一層宗教に息子の心が動かされ,更に主人との価値観の大差から両親の

トラブルを目にしていた息子は、ひたすら自分の安住の居場所を捜し求めた結果、それがオウムへとつながったかもしれないです。もしそうならば、私は息子

の人生の岐路に立つことになったオウムへの入信の原因は、母親の愚かな行為により次第に膨れ上がったように考えられます。

被害者の方々に、世間に、そして息子にとって赦されない母親であったことに改めて大きな後悔と責任を感じないわけにはまいりません。

手記より抜粋

家族を救いたい、心の拠り所が欲しい、そのような思いが暴走し、井上をオウムへと導いてしまったのでしょうか。

スポンサーリンク

まとめ

 

今回の死刑執行で個人的に残念だったことは、教祖であった麻原彰晃と、彼に巻き込まれて事件を起こしてしまった若者、井上嘉浩、遠藤誠一、中川智正、新実智光、土谷正実、早川紀代秀の六人が同時に死刑執行されたこと。

弱みに付け込まれた結果とはいえもちろん彼らのやったことは許されることではありませんし、

死刑は至極当然です。

しかし麻原は多くの人の命を奪っただけではなく、日本の研究の最先端を行ったかもしれない優秀な研究者や医師までもを洗脳し、地下鉄サリン事件をはじめとする数々の事件を引き起こし、多くの人、日本社会に被害を与えました。

麻原さえいなければ、別の道を生きる事ができた人々が大勢いたことを思うとなんともやりきれない気持ちになると同時に、今後2度と同じような悲劇が起きることのないよう事件を風化させないようにすることが大切だと感じます。

私を含む若者がこれからも人生のあちこちの時点に置いて、生きることの意味を考えたり、生き方について迷ったりすることがあるでしょう。そのような時、私たちが頼るべきものがカルトであってはいけない、25年前同じような若者たちに何が起こったのかを、忘れてはいけないと思います。

関連記事

[オウム]林郁夫の家族と実家・生い立ちや無期懲役の理由を解説

上祐史浩はなぜ逮捕されない?オウムでの役割や死刑回避の理由・生い立ちを解説

[オウム]遠藤誠一の家族や実家・両親や兄弟と生い立ちについても解説

土屋正実の家族や実家・両親と教団の攻防や生い立ちも紹介

[オウム]新実智光の家族と実家や生い立ち・妻の不貞で訴訟を起こす

中川智光の両親と家族!父や母と兄弟は?生い立ちも紹介

[オウム]村井秀夫の死因と事件の概要・生い立ちや人物像は?

[オウム]林康男の家族と実家・両親や生い立ちとオウム入信のきっかけを解説

[オウム]豊田亨の家族や両親・生い立ちやオウム入信前の人格は?

早川紀代秀の生い立ちと入信・洗脳が解けるまでの経緯とは?

スポンサーリンク

 

スポンサーリンク

 

 - Japan