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早川紀代秀の生い立ちと入信・洗脳が解けるまでの経緯とは?

地下鉄サリン事件をはじめとする数々の凶悪事件で有名な『オウム真理教』。長らくかかった裁判が終結し、とうとう死刑囚の死刑が執行されました。

教祖として選挙に出たりと知名度が高く、よく知られている麻原彰晃(松本智津夫)と比べ、他の死刑判決を受けた元教団幹部たちについてはあまり知られていませんが、中には科学や医学に秀でた非常に優秀だった方も多く、一体なぜ彼らが死刑台に送られることになってしまったのか、本当に残念でなりません。

今回は麻原彰晃の下、裏のナンバー2と言われた早川紀代秀の人生について、まとめていきます。

地下鉄サリン事件から23年がたち、私も含む25才以下の方は事件についてほとんど記憶がない方も多いと思いますが、事件を風化させずになぜあのような悲劇が起きたのか、なぜ死刑囚となった彼らはオウム入信への道を辿ってしまったのかを知る事が同じような事件を繰り返すことを防ぐことと思いますのでこのような記事を書きました。

被害者を含む読者の方に不快感を与えるような表現は避けて書いていますが、何かご意見などありましたらコメント欄からお伝えいただけますと幸いです。

 

早川紀代秀の生い立ち

誕生: 1949年7月11日 兵庫県川西市
死没: 2018年7月6日(68歳没)日本・福岡県福岡市早良区百道(福岡拘置所)
ホーリーネーム: ティローパ
ステージ: 正悟師
教団での役職: 建設省大臣
入信: 1986年4月
関係した事件: 男性信者殺害事件・坂本堤弁護士一家殺害事件

このような新興宗教に踏み入れてしまう人間は不幸な背景があったりしたものかと思いましたが、兵庫県川辺郡東谷村(現・川西市)に生まれた早川紀代秀は、順風満帆な人生を歩んできた男でした。

家族は両親と兄がおり、大阪府堺市に転居したあと、大阪府立三国丘高等学校を経て神戸大学農学部に進学後、大阪府立大学大学院では緑地計画工学を専攻。非常に優秀な学生だった反面、大学生当時には学生運動にも参加し公安にマークされていました。

修了後、鴻池組(建設会社でゼネコンの一つ)に勤務。1979年11月には結婚しています。大手兼瀬ts会社に勤務し、家族もいるごく普通のサラリーマンです。

オウムにに入信する以前の早川の印象は「いいやつ」「頭が良い」「ノンポリ」「口数少ない」など様々ですが、どれも悪いものではありませんでした。

また当時の会社の上司は、早川について『あまり付き合いはいい方ではない。単独行動が多かった。』と話しています。オウムに入ってから一切の金の流れを操り、常に麻原の脇に控えていた印象とはだいぶ異なります。

1980年に退職します。社会人になった頃からSFや超科学現象などに興味を持ち始めた早川は、、1984年、新興宗教である阿含宗に入信。しかしその後麻原の著作に共感を覚え、1986年4月にオウム神仙の会に入会し、1987年11月1日に出家を果たしています。

また当時妻であった女性も早川と同じ思想だったようで、彼女も一緒にオウムに入信しています。この妻は最後まで連れ添い、彼が逮捕された後も面会に通うなどしていました。

 

早川紀代秀・教団内での役割

教団内で早川は、温厚で知られていましたが、怒ると手がつけられないほど怖いこともあったようです。

20代の青年幹部が多かった中、早川は唯一麻原彰晃よりも年上。当時早川よりも立場が上で、現在『光の輪』の代表である上祐史浩に対しても怒鳴ったりすることがあったそうです。

教団では裏方を担当。布教や宗教活動をするわけではなく、土地の売買や不動産交渉などを担当。これらは大手ゼネコンでの経験が買われたと思われます。オウム真理教が選挙に出馬し、幹部が大勢立候補した時も裏方の準備にまわりました。

麻原彰晃からの信頼がとても厚く、教団内でも力を持っていた彼は坂本弁護士事件では実行犯の一人に。その他の事件でも計画立案などで関わりました。

また海外でも多く活動し、北朝鮮からの麻薬密輸を指揮したり、またロシアにはよく出向いて武器の購入やロシア支部の創設にも関わっていました。

麻原にかわって事務的な役割を一手に担っていたため、責任が重くなったのかもしれません。

逮捕から信仰を失うまで

遠藤や新実といった死刑囚は最後まで麻原を信仰して死んでいきましたがおそらく幹部の中で麻原の洗脳がもっとも早く解けたのがこの早川紀代秀です。

本人によると、逮捕前に、麻原から「まだ逮捕状は出ていないので逃げ隠れするな」と言われたのに言われた時点ですでに逮捕状が出ていたことや、「銃刀法で逮捕される」と予言されていたのに実際には建造物侵入罪で逮捕されたことで、「弟子の逮捕という重大事項を見誤るなんて予言能力は無いのでは」と怪しく思ったのが最初に麻原に疑念を抱いた時でした。

また、逮捕後に接見にきたオウムの信者である弁護士、青山吉伸弁護士から「麻原尊師が不利になる事を言うな」と言われると「麻原は自分の身を守ることしか考えていないのか」と思い、麻原の人格を疑い始めます。

麻原の予言もおかしな点が多いことに気づき、麻原の予言によると核戦争が起きた際に放射能被害を受けるはずだった村井秀夫が核戦争勃発前に刺殺されたこと、麻原は以前から癌を患っているとされ、日々酸素吸入までしていたのに、いざ麻原が逮捕されると実は健康そのものであると発覚したりなど、予言と全く違う事実や嘘が次々発覚。完全に信仰心を失います。

 

まとめ

その生い立ちやオウム入信以前についてはあまり知られていないオウムの死刑囚達。オウム真理教は今も『アレフ』『光の輪』と名前を変えて活動を続けており、全国で地下鉄サリン事件を知らない若者が続々と加入していっています。

もう一人の死刑囚であり地下鉄サリン事件の実行犯である広瀬健一氏などは獄中から

『若い人がカルトに引きずり込まれぬように』と多くの手記や手紙を発表しています。多くの被害者をだし、優秀だった若者を死刑囚にしてしまったオウム真理教の悲劇を忘れずにいることが悲劇を繰り返さないためにも大切だと思います。

麻原は多くの人の命を奪っただけではなく、日本の研究の最先端を行ったかもしれない優秀な研究者や医師までもを洗脳し、地下鉄サリン事件をはじめとする数々の事件を引き起こし、多くの人、日本社会に被害を与えました。

麻原さえいなければ、別の道を生きる事ができた人々が大勢いたことを思うとなんともやりきれない気持ちになると同時に、今後2度と同じような悲劇が起きることのないよう事件を風化させないようにすることが大切だと感じます。

私を含む若者がこれからも人生のあちこちの時点に置いて、生きることの意味を考えたり、生き方について迷ったりすることがあるでしょう。そのような時、私たちが頼るべきものがカルトであってはいけない、25年前同じような若者たちに何が起こったのかを、忘れてはいけないと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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