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上祐史浩はなぜ逮捕されない?オウムでの役割や死刑回避の理由・生い立ちを解説

オウム真理教の教祖であった麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の死刑が執行されました。

同時に彼の信者であり元教団幹部であった早川紀代秀氏、中川智正氏、井上嘉浩氏、新実智光氏、遠藤誠一氏、土谷正実氏も同時に執行されました。これも一つの事件の終焉、きっかけなのでしょうが、個人的にはまだまだオウムに関する疑問がたくさんある中、洗脳が解け後悔の念を語った元信者も麻原と同時に執行されたことは少なからずショックでした。

彼らの顔を見ていると思い出すのがもう一人、この方です。

出典:上祐史浩オフィシャルサイト

 

教団最高幹部の一人で、『ああいえば上祐』と言われた上祐史浩さん。現在は光の輪の創設者として活動されています。

ほとんどのオウム最高幹部が死刑判決や無期懲役判決を受け、今も収監されているのに対し、この上祐さんだけは表舞台での活動を続けています。

麻原彰晃の右腕とまで言われ、オウム真理教の広告塔的存在だった彼だけがなぜ今も普通に活動できているのでしょうか?

誕生: 1962年12月17日(55歳)福岡県三潴郡城島町(現・久留米市)
ホーリーネーム: マイトレーヤ
ステージ: 正大師
教団での役職: 外報部長緊急対策本部長 アーレフ代表
入信: 1986年8月
関係した事件: 亀戸異臭事件 国土利用計画法違反事件
判決: 懲役3年

本日は上祐史浩の生い立ちやオウム入信のきっかけ、そして重罪に処されなかった理由についてまとめていきます。

 

上祐史浩の生い立ち

教団幹部だった頃の上祐氏。

福岡県三潴郡城島町(現・久留米市)で銀行員の父と元教師の母の間に生まれた上祐氏。その後、父親が東京の貿易会社に転職した関係で一家で上京しましたが、父親の女性問題によって両親が別居し、母子2人暮らしとなりました。この頃の家庭の状況はかなり悲惨なもので、父親が事業に失敗し家に帰らず母子家庭状態となった頃には、幼い上祐氏駅や公園で呆然としていた姿も目撃されていました。

優秀だった上祐氏は早稲田大学高等学院、早稲田大学理工学部を経て、1987年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程を修了し、その年の4月には特殊法人宇宙開発事業団(現:独立行政法人宇宙航空研究開発機構)に入りました。

宇宙戦艦ヤマトと江川卓と超能力が大好きな少年だった彼は、当時の宇宙開発事業団会長がNHK教育テレビジョンで「これからの地球を救うのは宇宙である」と話しているのを聞き、感銘を受けたためにこの就職先に決めたと言います。

しかしこの就職先を、4月の1ヶ月間の研修を受けたのみで退職し、5月1日に出家。オウム真理教の出家信者となりました。

 

教団内での上祐『ああいえば上祐』とは?

 

オウム真理教では早稲田大学ディベートサークルで鍛え上げた巧みな話術を買われ、主に広報の顔として活躍しました。

また英会話にも秀でていた彼は、金銭管理を任されていた早川紀代秀とともにロシアやアメリカに渡り、海外での布教に務めました。

教団でも英会話は役に立つスキルなんですね。

優しげな顔立ちもあってか『上祐ギャル』と呼ばれる追っかけが登場するほどの人気で、オウムのイメージアップに一役買っていたと思われます。

また幹部の中では唯一麻原に反対意見を述べられる人物としても知られていて、その実力は麻原以下ほぼトップでした。

 

上祐史浩が逮捕されなかった理由とは?

一言で申し上げますと、『運が良かったから』と言えるのではないかと思います。

かなり早い段階で教団幹部に上り詰めており、なおかつ語学に堪能だった上祐は、アメリカのニューヨーク支部(1988年に閉鎖)やロシア支部の開設の際には中心となって動くなどしていました。

教団が坂本弁護士一家事件を起こした時や地下鉄サリン事件を起こした時など、凶悪犯罪を起こした時彼は外国で広報活動をしており、これらの事件に関わらずに済んでおり、

また亀戸異臭事件などの生物兵器テロにはどっぷり関わっていたものの、たまたまこれらの開発は失敗しており被害が出なかったことから、のちに偽証有印私文書偽造・同行使の罪で逮捕起訴されたもののわずか3年の懲役刑で出所することができたのです。

教団幹部としてかなりの立場にいたものの軽い罪で済んだ上祐氏と、たまたま実行役に指名されてしまったために死刑囚となってしまった何人かを比べると正直これでいいのか感が拭えませんが

やはり実際に人に危害を加えたかそうでないかは大きな違いだ、という司法の選択なのでしょうか。

 

現在の上祐氏の活動は?

 

逮捕・起訴された際、上祐氏は麻原に対して、『麻原尊師はあらゆる意味で導き手であり、救世主であり、私のすべて』と語り完全に麻原への信仰心を失ってはいませんでした。

そして出所後、2002年にはオウムの後続団体である『アレフ』の代表として返り咲いたものの、だんだんと信仰心を失っていった上祐氏。

当時世間ではオウムの悪事が次々と暴露され、イメージは最悪でしたし、長年外国にいっておりその間にオウムが起こした悪行については聞かされていなかった上祐氏が進行し続けられなくなったのは無理もないでしょう。

「オウム真理教事件を反省し、麻原彰晃の影響を排除する」という改革を打ち出したために、主流派(麻原回帰派)の強い反発を受けてしまい、アレフの中では事実上失脚。その後『完全麻原脱却』を掲げて新たな宗教団体、『光の輪』を立ち上げました。

しかし麻原派脱却宣言をしてしまったためにアレフとの対立感は否めず、自身の安全に関する危機感があったようで、麻原の死刑執行に対して『正直なところホッとしている』とも述べていました。

 

まとめ

個人的な見解を述べさせていただきますと、オウムの呪縛から逃れ、やっとの思いで宗教を脱却したにも関わらずなぜまた宗教団体を作ってしまうのか理解に苦しみますが

他の多くの死刑囚が自由に発言できない中で表舞台で発言でき、なおかつオウム真理教の内部情報についてよくご存知の上祐氏は貴重な存在です。

洗脳が溶けた何人かの死刑囚が獄中から警告しているように、若い頃の悩みや苦悩の解決方法を宗教に求める若者がいる限りオウムのようなカルト集団はなくならないと思いますし、(現にアメリカでもカルトは今も数多く存在しています。)今後も生まれるであろう宗教に助けを求める若者をあのような悲劇に巻き込まないためにも、なぜオウムの若者たちがあのような道を辿ったのかを明らかにする必要があるからです。

光の輪の布教も結構ですが、会見でおっしゃっていたように本当にご自身にオウムが犯した大きな過ちの責任の一端を感じておられるならば、同じような人たちをこれ以上生まないような活動に取り組んでいただきたい、と感じます。

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