川地民夫の死因は脳梗塞・菅原文太や石原裕次郎との交流とは?

   




数々の映画に出演し、昭和の銀幕スターとして名を馳せた

川地民夫さんが、なくなったことがわかりました。

日活のアクション映画や、故菅原文太さんと共演した東映「まむしの兄弟」シリーズなどで活躍した俳優の川地民夫(かわち・たみお、本名河地猛=かわち・たけし)さんが10日午後4時59分、神奈川県横須賀市の病院で死去した。79歳。同県逗子市出身。脳梗塞で倒れ、家族の祈りも届かなかった。三枚目もこなすかっこいい二枚目スターだった。

引用:スポニチアネックス

 

本日は川地さんの死因や、その人生、残された映画や数々の名優との関係など、

まとめていきたいと思います。

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川地民夫・プロフィール

 

名前:川地民夫(本名:河内猛)

出生:1938年7月21日 神奈川県逗子市

死没:2018年2月10日 神奈川県横須賀市

職業:俳優

ジャンル:映画、テレビドラマ

学歴:逗子開成高等学校、関東学院大学工学部中退

今年79歳の方で私立の高校卒業、大学に進学されているということで

かなり恵まれたご家庭で育ったと言えるのではないでしょうか?

小林旭(79)、沢本忠雄(82)とともに「三悪トリオ」として売り出し、

大当たり。

いわゆるちょいワル系俳優だったんですね。

 

川地民夫、石原裕次郎との関係

石原裕次郎さんといえば、

昭和を代表する伝説のイケメン俳優。

そんな石原裕次郎さんがなんと川地民夫さんのデビューの鍵を握っているというのです。

なんともともと家が隣同士で、幼馴染だったという石原裕次郎さんと川地民夫さん。

小学校に入学される前は、
毎日一緒に遊ぶほど仲が良かったのだとか。

そしてそんな石原裕次郎さんの勧めで、大学1年生の時に日活に入社

デビュー作は1958年に映画「陽のあたる坂道」の裕次郎さんの弟役でした。

兄弟のような間柄で、裕次郎さんは川地さんを非常に可愛がっておられたようです。

 

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川地民夫、菅原文太との関係

 

菅原文太さんも実力派として知られる渋い俳優さんですが、

そんな菅原文太さんとも関係があった模様。

1971年~1975年、
東映の映画「まむしの兄弟」シリーズで、
共演されたことがきっかけで仲良くなり

義理の兄である菅原さんと、

彼を無邪気に慕う弟役の川地さんコンビで人気を博しています。

川地民夫の死因は?

直接の死因は脳梗塞でした。

3ヶ月ほど前に脳梗塞で倒れて入院されていた川地さん。

なくなった当時の状況としては

自宅でソファに座ったまま反応がなくなり、気がついた奥様の通報で緊急搬送。

そのまま意識が戻ることなく、眠るように亡くなられたようです。

苦しまず、安らかに逝かれたということで、ご本人的には悪い死に方ではなかったようです。

酒とタバコが大好きだった川地さんは、

倒れた後に奥様やご友人からいくら止められても絶対に最後までやめなかったと言います。

最後の最後まで人生を謳歌し、亡くなられたんですね。

まとめ

 

  • 川地民夫は昭和の銀幕スターで、「三悪トリオ」として人気に。
  • 石原裕次郎とは幼馴染で、とても可愛がられていた。
  • 菅原文太とは『まむしの兄弟』で兄弟役を演じた
  • 酒とタバコが大好きで、脳梗塞で倒れた後も最後までやめなかった

やりたいことはやる、やりたくないことはやらない

という、なんとも彼らしい人生だったのではないかな

という川地民夫さんの人生。

天国でも酒とタバコをお供に、裕次郎さんとの再会を祝っておられるのではないかと思います。

ご冥福をお祈り申し上げます。

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